清水氏庭園【国登録文化財】
築山枯山水庭園。小渕馬場北より街道に東面して庭がある。 屋敷門から玉石積みの石垣等に囲まれた矩折れの通路を通り庭に至る。 庭園は現在の主屋の南から東にかけてある。周縁に沿って帯状の築山を巡らす。東庭の中央にはクロマツを配…
築山枯山水庭園。小渕馬場北より街道に東面して庭がある。 屋敷門から玉石積みの石垣等に囲まれた矩折れの通路を通り庭に至る。 庭園は現在の主屋の南から東にかけてある。周縁に沿って帯状の築山を巡らす。東庭の中央にはクロマツを配…
築山枯山水庭園。天水氏庭園の南、沢目記馬場の西に位置します。主屋座敷前の北から東にかけて庭があります。 露岩を利用して骨格となる築山や中島といった地形を形造り、海石等を用いた立石等景石が随所に配置されています。 築山を中…
自然岩盤を利用した枯山水庭園。沢目記馬場の南端近く、西谷馬場との分岐点の街道東側に位置する。庭園は街道に面さず屋敷奥にある。 主屋座敷も街道ではなく東側の庭園に向く。敷地東半を覆う岩盤斜面を数段に削り取り、岩窟等変化に富…
前川の河口近く、沢目記川との合流点北側にあります。築城の時期は不明ですが、貞治4年(1365)頃島津氏久が日向守護畠山直頭を追放して志布志城に入り、その後新納氏、豊洲家島津忠朝が城主となりましたが、永禄5年(1562)に…
志布志の地名は、天智天皇遷幸の伝説の中で、天皇に布を献上した妻女の優しい心にならい、召使いの女性もまた布を献上したところ、天皇は大変感激され、「上下より布を志す誠にこれは上下の志布志である」といわれて高濱の…
志布志は”志(こころざし)”あふれるまちです。 歴史を訪ねて、まち歩きしてみませんか? 志布志まちあるきマップはこちらから
築山枯山水庭園。沢目記馬場奥の街道が分岐する北側高所に位置しています。 主屋座敷は庭園を介して街道に東面しています。 武家門から矩折れの通路を巡り庭門・庭に至ります。岩盤上に立地する敷地を利用し、 岩盤削り出しの岩壁や石…
築山枯山水庭園。地頭仮屋の東北に位置します。敷地は街道には直接面していません。若宮神社横の斜路の通路を経て武家門に至り、屋敷内の左手にある庭門から庭に至ります。 志布志城が築かれたシラス裾部南斜面に立地し、敷地の南西一帯…
京ノ峯遺跡は弥生時代中期(今から約2,000年前)の円形周溝墓が20基発見されました。 円形周溝墓は弥生時代に近畿地方を中心に盛んに作られ、その後中国、四国地方をへて、古墳時代になって九州に伝わってきたと考えられていまし…
有明町野井倉の志布志市役所北側に位置する標高約274mの岳野山。 山頂付近にある笠祇神社には12体の干支の石像や石灯篭・開運蛙などがあります。 展望台より眼下には菱田川をはさんで広大な野井倉の田園地帯が広がり、天気の良い…